介護の仕事をする上で、ケアの方向性や業務を決めるときに意見の対立があることは決して悪いことではありません。

しかし、対立が深刻になると、人間関係の問題にまで発展し、修復が困難になる危険性があります。

もし、事業所の職員同士で意見の対立があった場合、どのように対応していますか。

公益財団法人 介護労働安定センターの調査によると、介護の仕事をやめた理由を「職場の人間関係に問題があったため」、「法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満があったため」は、毎年多くの割合を占めています。(令和元年度 介護労働実態調査の結果と特徴

このような深刻な状況になる前に、事業所の理念の共有、実践することが大切です。

実際、私が働いていた特別養護老人ホームでは、介護職、看護職、栄養士、生活相談員、ケアマネージャー、事務職員などすべての職員が法人の理念を共有し、職員を採用するときにも、面接時に法人の理念を伝えることによって、職員、職種による考え方の違い、職員間、職種間での深刻な意見の対立、トラブルはかなり減ったように思います。

介護事業所には、「法人理念」や「経営理念」など呼び方は違っていても、なにかしら「理念」と言われるものがあると思います。

もう一度、事業所の理念に立ち返り、ケアのお役に立てれば幸いです。

理念とは

「これまで、介護の現場で働いてきたけど「理念」なんてあまり考えたことがない」

「『理念』なんて自分とは関係のない遠いもの」

などと考えている人も多いのではないでしょうか。

そもそも、理念とは、「事業・取り組みの根底にある基本的な考え方」をいいます。

一人一人の職員が、しっかりと事業所の理念を知り、その意味を考えた上でケアに実践していくことは、事業所が進むべき方向性を示しています。

分かりやすく理念の重要性について考えてみます。

具体的場面

A特別養護老人ホームとB特別養護老人ホームの理念はそれぞれ次のように異なっています。

A特別養護老人ホーム:いつまでも健康を維持する。

B特別養護老人ホーム:利用者の自己決定を尊重する。

A・Bの特別養護老人ホームに、嚥下機能の低下したご利用者がいたとします。

ご利用者は「形のある食べ物が食べたい」

職員は「誤嚥性肺炎が心配」

このような状況の場合、サービス担当者会議など色々なカンファレンスを通して、ケアの内容を決めていくことになりますが、職員間で、「本人が望むものを食べさせたい」、「誤嚥性肺炎が心配だからミキサー食の方がよい」と意見が対立することもあるのではないでしょうか。

どちらが正解ということはありません。

このように、どちらが正解かわからないような課題が出てきたとき、事業所の理念を考えることは特に意味があると思います。

A特別養護老人ホーム:いつまでも健康を維持する。→誤嚥性肺炎にならないように、ミキサー食を提供する。

B特別養護老人ホーム:利用者の自己決定を尊重する。→本人の意向に沿って、一口に切ったものなど、形のある食べ物を提供する。

といったようになるのではないかと思います。

もちろん、ご利用者の状態やご家族の意向などもあり、こんな簡単に決めることはできません。

しかし、正解のない課題が出てきて、その結果、職員による意見の対立が生じた場合、事業所の理念をもう一度考えてもいいと思います。

介護事業所で働く職員は、当然、事業所の一員です。

事業所が決めた理念を無視して職員の個人的な価値観を押し付けてばかりでは、その組織は烏合の衆になってしまいます。

「理念に基づいたケアを実践する。」

この考え方が職員間に浸透すれば、ケアをめぐる不要な職員同士のトラブルを防止でき、安定したケアが実践できることと思います。