「今、タクシーを呼んでいるから少しお待ちください。」
これは「家に帰ります。」と認知症の人が言ったときの私の対応です。
当時、私が働いていたのは特別養護老人ホームなので、ご利用者は基本的に家に帰ることはありません。
それにも関わらず、認知症の人の対してだけではなく、ウソやごまかした対応、つまりその場しのぎの対応をしていました。
このような対応は、現在の認知症介護の現場でも多く見られるのではないでしょうか。
その後、受講した研修や書籍等でパーソン・センタード・ケアを学ぶ機会があり、その中で良くない態度として「認知症の人をだますこと」という内容がありました。
では、認知症ケアを実践する上で、ウソやごまかすことをどのように考えるべきしょうか。
これから、認知症の人に対してのウソやごまかしについて書いていきますが、これは一つの考え方で、認知症ケアの方法として、ウソをつくケアが正しい、正しくないというものではありません。
この記事を読んでいただいた方が、ご自身の認知症ケアについて振り返るきっかけになれば幸いです。
なぜウソをつかないのか
パーソン・センタード・ケアに基づく認知症ケアでは、なぜウソをついてはいけないのか。
これには色々な説明の仕方があると思いますが、私は次のように考えます。
私は、幼少期に親から「ウソをついてはいけない。」と教わってきました。
このように教えられたことは、誰にでも経験のあることではないでしょうか。
それには「人をだますこと良くない。」という考え方があるからだと思います。
認知症の人も、もちろん「人」です。
つまり「ウソをついてはいけない。ただし、例外的に認知症の人にはウソをついて良い。」とはならないということです。
認知症の「人」の部分に焦点を当てれば、ウソをついたりごまかしたりするべきではないということだと考えます。
認知症の人の言動を落ち着かせるために、「ウソをついたほうが良いのか。」という声掛けのテクニック的な話ではありません。
真実を伝えなければならないのか。
では、ウソやごまかさないと考えた場合、すべて真実を伝えないといけなのでしょうか。
先ほどの「家に帰ります。」と言っている特別養護老人ホームに入居している人の例で考えてみましょう。
「家に帰ります。」と話す人に対して
「○○さんは、アルツハイマー型認知症が進行しています。○○さんを自宅で介護をしているご主人の負担が大きくなり、自宅で生活することができなくなったため、特別養護老人ホームに入居しているんですよ。」などという必要はありません。
この後、書きますが、認知症ケアを実践する上で大切なことは、認知症の人の「家に帰りたい。」などという言動の理由や背景を考えることです。
具体的な方法
では、実際にウソをつかないでどのように対応するのかを考えてみたいと思います。
本人に理由をきく
まずは、ご本人に「なぜ帰りたいのか?」聞いてみましょう。
「当然」と言われればその通りかもしれませんが、実際の認知症介護の現場では、認知症の人の言動に対して、職員間で話し合いをすることはありますが、ご本人にお話を聞く機会は少ないように思います。
認知症の人は、記録障害や判断力の低下により、相手に対して自分の考えていることを正確に伝えることができないこともありますが、何かヒントになる場合があります。
例えば「家に帰りたい。」と言っているご本人に理由を聞くと
「もう、ここは嫌だわ。」と答える人がいました。
その言葉から、ここ(特別養護老人ホーム)がご本人にとって、居心地の良いとは言えない環境だったことが考えられます。
確かに、見ていると朝からテレビの前に座り何もしていない、周りの職員は忙しそうに動き回り話しかけも「ちょっと、待ってね。」ばかり。
そのような状況で、ご本人は、自分の存在が認められていないように感じていたのかもしれません。
また、別のご利用者は、
「雨戸を閉めてくるのを忘れてしまった。」と話していました。
特養に入居中のため、自宅の雨戸を閉め忘れるということはありませんが、ご本人の中の現実に合わせ「雨戸はご家族が閉めてくれるから大丈夫ですよ。」と答えると納得されることもありました。
想像力を働かせる
先ほども書きましたが、認知症の人は記録障害や判断力の低下などの中核症状によって、自分の考えていることを正確に相手に伝えることが困難になってきます。
そこで、認知症ケアでは「観察し、想像力を働かせる。」ということが重要になります。
具体的には
①精神・心理
②身体
③環境・条件
の相互関係から、認知症の人の「家に帰ります。」という言動の理由を想像することが大切です。
例えば、
①不安や焦り、寂しさなどはないか
②痛みや便秘等による不快感、空腹はないか
③周囲の音の大きさや匂い、自宅の生活様式と違うなど
ということを検討してみてはどうでしょうか。
まとめ
この記事をまとめです。
①認知症ケアで「ウソ」をつく、つかないは、対応方法のテクニックや認知症の人の言動を落ち着かせるためのテクニックの話ではない。
認知症の「人」という部分に焦点を当てたときにどうのよう考えるか、ということ。
②認知症の人の言動に対して、ウソをつくことではなく、その理由を観察しその人の立場にたって想像することが大切。
以上、認知症の人にウソをつく?つかない?についてでした。
私は、パーソン・センタード・ケアの考え方を学んでからは、認知症の人に対してウソをつくことはなくなりました。
では、認知症の人が落ち着かなくなったかといえば、決してそのようなことはありません。
認知症ケアの方法に悩んでいる方は、一度実践してみてはいかがでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。