「家に帰る」と言っているご利用者に対して、ウソをついて落ち着いてもらう。

入浴の拒否があるご利用者の服を無理やり脱がして、入浴してもらう。

これは、私が特別養護老人ホームで介護職員をやっていたときの、認知症の人への対応です。

今まで色々な介護事業所の方とお話をする中で、このような対応を行っている人もいると思います。

このようなケアをパーソン・センタード・ケアでは「悪性の社会心理」とよび、認知症の人にとってよくない態度としています。

では、なぜこのようなケアが行われるのでしょうか。

まず、考えなければならないのが、介護職員が悪い人だったりや認知症の人に対して嫌がらせをしようとして、このようなことをやっているわけではないということです。

むしろ、上司や先輩に教えられたことを真面目に取り組んでいるという人たちであることが多いと思います。

悪性の社会心理は、最初はそれぞれの介護職員が疑問に思っていたケアの方法も、気が付かないうちに問題にもされなくなり、やがてケアの一部になってしまいます。

パーソン・センタード・ケアでは、悪性の社会心理として17項目挙げていますが、17項目を暗記して、これさえやらなければ良いというわけではありません。

17項目を覚えるというよりも、「自分がそのような態度を取られたときにどう感じるか」という視点に気づくことが大切ではないかと考えます。

具体例として挙げているものの中には、自分自身が実際に行った対応方法もあります。

反省を込めて挙げさせていただきます。

では、一つずつみていきましょう。

 

だましたり、あざむくこと

老人ホームに入居している認知症の人が、夕方になって「そろそろ、家に帰ります。」と言い荷物をまとめている時に、「明日、息子さんが迎えに来るから今日は泊まっていきましょう。」などとウソをつく場合です。

認知症の人が落ち着かない場合に、このように対応方法を教えられた人もいるのではないでしょうか。

しかし、ここで言ってる「ウソをつかない」とは、不安な認知症の人を落ち着かせるためのテクニックとして、ウソをつくのが良いか悪いか、といった話ではありません。

少し話がずれますが、私には、子どもが二人います。

その子どもがまだ小学低学年の頃「ウソをついてはいけないよ」と教えていました。

ここで言っている「ウソをつかない」とは、このような話だと思います。

つまり、子どもに対して「ウソをついてはいけない、ただし、認知症の人にはいいよ」とは言えません。

認知症の「人」ということを考えれば、認知症の人に対してもウソをつくべきではないのではないでしょうか。

のけものにすること

例えば、認知症Aさんがリビングでテレビを見ているときに、Aさんの後ろでケアワーカー同士が「ねえ、Aさんて今日お風呂入る日だよね。もう入った?」などと会話をしている場合が挙げられます。

もちろん、ケアワーカーはのけものにするつもりなどはないと思いますが、無意識のうちにこのような態度になってしまうことがあります。

本来であれば、Aさんにケアワーカーと一緒の輪の中に入ってもらい、「Aさん、今ちょうどいいお風呂が沸いているけど入りますか?」とAさんに確認するべきだと思います。

能力を使わせないこと

認知症の人が自分でできることを、ケアワーカーがやってしまう場面です。

例えば、他のご利用者が飲んだ後の湯飲みを認知症の人が片付けようとするとき、「私(ケアワーカー)がやるから大丈夫。そこに座っててね。」といった場合です。

人扱いしないこと

ケアに携わる人が、認知症の人のことを「人扱いしない」とはどういう状況でしょうか。

例えば、車いすに乗っている人に断りもせず車いすを移動させる、といった場面があります。

認知症でない人がi椅子に座っていたら「少し移動してもらえますか?」などと相手に伝えて、了承を得た上で移動してもらうでしょう。

しかし、認知症の人だと断りもせずに車いすを動かしてしまうことがあるのではないでしょうか。

子ども扱いすること

「認知症になると子供に戻る」と言われることがあります。

確かに、一人で入浴することが難しくなったり、トイレに行けずにおむつをつけることもあるでしょう。

しかし、ケアを提供する者は「子どものような能力しか持っていない」といった意識を持つことには注意をしなければなりません。

認知症になり、記憶の障害や物の理解ができない状況であっても、一人の大人として見なければなりません。

無視すること

言葉を発することができないTさんが「あ~あ~」と言って、私に手を出してきたときに、無視してその場から離れてしまったことがあります。

そのとき、それを見ていた当時の上司から「Tさん、お前のこと呼んでるよ。」と声をかけられたことがありました。

そのときに、ご利用者を無視していることを認識しました。

どこかで「どうせ、用もないのに声をだしているのだろう。」「忙しいから、関わっている時間はないです。」といった気持ちがあったのかもしれません。

お恥ずかしい話ですが、他の人に指摘されるまで私は気が付くことができませんでした。

怖がらせること

他の人の居室に入ってしまう認知症のSさんに対して「そんなことしたらダメだよ!みんなの迷惑になってるよ!」などとケアワーカーが認知症の人を囲んで注意(説教?)しているような場面です。

囲んでいるケアワーカーたちは、もちろんSさんのことをいじめてやろうと思っているわけではありません。

他のご利用者のことを考えてのことだと思います。

しかし、職員から囲まれて囲まれて注意を受けている状況は、Sさんにとって、とても怖い状況ではないでしょうか。

強制すること

本人の意思と関係なく、食事の時間だからと言って職員が腕を引っ張って食事の席に誘導したり、入浴の時に無理に服を脱がす場面です。

区別すること(レッテルを貼ること)

私が働いていた特別養護老人ホームには重度認知棟というフロアがありました。

そこに観葉植物を置こうとした時に「ここにいる人たちは認知症だからそのような物は必要ない。」という考えかたです。

後回しにすること

認知症の人が「ちょっと、ちょっと」と呼んでいるのに「あとで来るね。」などとごまかして行ってしまう場合があります。

介護現場は忙しいので、「ちょっと、待ってて。」という気持ちになるのは当然です。

そこを少しだけでも時間を取ってお話を聞くことができれば良いですね。

差別すること

認知症の人をあたかも汚れた物であったり、介護する人と介護をされる人は、別である(世界が違う)という発想です。

認知症の人が利用するソファーは排泄物の匂いがしたもので、職員用のソファーはきれいなものを使用するといった場合です。

非難すること

他の人の食事に手が出てしまうYさんに「何度言ったら分かるの?他の人の食事を食べらたらダメでしょ!」などと言う場面です。

急かせること

入浴の準備に時間がかかる人に「次の人もお風呂に入らないといけないから、早くして。」などということです。

中断させること

認知症の人同士で楽しく会話をしている最中に「そろそろ体操の時間ですよ。」と、会話に割り込んでしまうような場合です。

わかろうとしないこと

特養に入居したばかりのFさんが「私、どうしてここに来たかわからなくなっちゃった。」と不安な表情をしているときに、ケアワーカーが「大丈夫ですよ。こっちにご飯がありますから冷めないうちに食べましょう。」のような声掛けをする場合です。

ケアワーカーは「冷めないうちにご飯を食べてもらうことがFさんのため」と考えてのことだと思いますが、Fさんにとってはもっと大切なことがあったのではないでしょうか。

あざけること

認知症の人を面白おかしくいうことです。

侮辱すること

認知症の人の失敗や行動の特徴を馬鹿にすることです。

例えば、食事を食べこぼす人に対して「また、こんなに汚しちゃったの!」という場合です。

まとめ

以上がパーソン・センタード・ケアの悪性の社会心理について書いてきました。

最初に書いたように、この17項目をすべて暗記し、これ以外のケアが許されるといったことではありません。

認知症ケアで大切なことは

「悪性の社会心理について意識的に注意を払う」

といったことではないでしょうか。

ここが、認知症のケアの原点であると思います。

以上、認知症ケアで大切なことでした。

最後までお読みいただきありがとうございました。