「暴力はいけないこと」

誰もが知っていることだと思います。

では、なぜ認知症の人は、介護者に対して暴力を振るうことがあるのでしょうか。

私も、介護職員をやっていた時には、何度も認知症の人に叩かれたり、引っ掻かれたりした経験があります。

認知症の人から暴力を受けたときは、認知症の人のそのような行動に憤りを覚えたり、一生懸命やっているのに「なぜ」と自信をなくしたりしたこともありました。

しかし、その頃、痴呆介護実務者研修(現:認知症介護実践者研修相当)など認知症に関連する研修を受講し、正しい認知症ケアの知識を学ぶことで、自分自身の認知症ケアに関する考え方が変わりました。

そして、正しい認知症ケアを事業所で実践していく中で、やがて認知症の人に暴力を振るわれることはなくなりました。

そのような経験から、私は認知症の人の暴力行為は、認知症ケアの質によって「変わる。」と考えています。

ただし、ここでの「認知症ケアの質」とは、職員の技術や知識不足だけが原因といった個人を対象にしたものではありません。

また、「スムーズに入浴してもらうためには、何と言って声をかけたらいいか?」といったテクニック的なものではありません。

後で書いていますが、認知症ケアの質は、認知症の人のニーズを満たしているかという点が重要だと思います。

この記事は、認知症ケアの理念であるパーソン・センタード・ケアの考え方に基づいています。

日々、認知症ケアを実践している介護職員のお役に立てれば幸いです。

具体的な場面で考える

それでは「グループホームに入居している認知症のAさん(男性)が、入浴介助をしている職員を叩く。」という場面を想定して認知症の人の暴力について考えてみましょう。

入浴介助時の暴力行為は、次のような場面で多いのではないでしょうか。

①職員:「○○さん、今日はお風呂に入る日ですからお風呂に行きましょう。」

②Aさん:「家で入るから入りません。」

(時間を空けたり、スタッフを変えたりしながら声掛けしても入浴室まで行ってくれない。)

③職員:「では、少し散歩にでも行きましょう。」

④Aさん:「行こう。」

(浴室まで誘導し、服を脱いでもらうように言葉巧みに声掛けをするが、Aさんは服を脱いでくれないため、職員が脱がそうとする。)

⑤Aさん:「何すんだ!このヤロー!」と職員を叩く。

Aさんに限らず、①の声掛けの時より⑤のタイミングで叩くことが多いのではないでしょうか?

認知症の人の行動をサインとして捉える

認知症の人は、脳の障害により、記憶や見当識(人・場所・物に見当をつけること)、判断力などに障害が起こり、自分の考えていることを正しく相手に伝えることが難しい状態になっています。

認知症の人には、そのような特徴があることから、認知症ケアでは、私たちが理解ができないような認知症の人の行動を認知症の人が発信しているサインとしてとらえます。

この場合でいうと、介護職員に暴力を振るうことです。

そして、そのような行動の背景には何らかのニーズがあると考えます。

認知症の人の具体的なニーズを考える

では、認知症の人は、どのようなニーズを求めているのでしょうか。

先ほどのAさんの例でいうと、「騙されて浴室まで連れていかれた。」ことによって、人間関係における安心感が持てなかったり、「強制的に服を脱がされた。」は、他者に強制されることだったりしたことが関係しているのではないでしょうか。

背景や理由を考える

先ほども少し書きましたが、認知症の人は、次のような障害が見られます。

記憶障害→どのような経過をたどってグループホームに入居したか覚えられない。自分が認知症で誰かの支援が必要になっていることを自覚していない。

人の見当識障害→声をかけてきた人の顔は見たことがあるが、自分を支援してくれる人だと理解していない。

場所の見当識障害→現在いる場所が高齢者施設であることを理解していない。

このような状態にある認知症の人に、ケアスタッフが「○○さん、これからお風呂に入りましょう。」と、声をかけても、ご本人からしてみたら、「家で入る。」というのはある意味、当然と言えるのではないでしょうか。

ここでは、脳の障害を検討しましたが、他にも身体状態や生活歴、性格傾向、社会心理(人との関係)などが背景として影響を及ぼしている可能性があります。

 

具体的なアプローチ

では、どのような具体的にどのようなアプローチが考えられるでしょうか。

今回は脳の障害に焦点をあて検討していますので、アプローチ方法もそれに関連して考えてみましょう。

まず、「今日はAさんの入浴日だからなんとか入浴してもらわないといけない」という職員の視点から少し離れて、これまで見てきたように、認知症の人のニーズや原因・背景に基づいてアプローチ方法を考えてみます。

【アプローチ方法の例】

〇職員のことを認識してもらえるように、出勤時は必ずAさんの目を見て挨拶をする。(人の見当識障害に対するアプローチ)

〇職員は、Aさんと一緒にお茶を飲むなどしながら、ゆっくりとした雰囲気の中でコミュニケーションを取るようにする。(人の見当識障害に対するアプローチ)

〇グループホームが自分の住んでいる場所と感じてもらえるように、ご家族にAさんのなじみの物を持ってきてもらう。(場所の見当識障害に対するアプローチ)

〇日常会話の中で、さりげなくグループホームが生活の場であることを伝えていく。(場所の見当識障害に対するアプローチ)

〇「入浴」や「風呂」という言葉の意味を理解していないことも考えられるので、非言語的なコミュニケーションを実践する。(失語に対するアプローチ)

もちろん、その他にもたくさんのアプローチの方法があると思います。

また、身体状態や生活歴、性格傾向、社会心理(人との関係)の背景を考えることで、具体的なアプローチの方法も変わってきます。

 

まとめ

最後に、皆さん自身のことも考えてみましょう。

これを読んでいる人は、誰かに無視されたり、仲間外れにされて、夜眠れなくなったり、相手に対して感情的になった経験はありませんか。

私はあります。

以前、働いていた介護施設で、特定の職員に挨拶をしても話しかけても無視され続けたことがありました。

そのようなことをされると、夜眠れなくなったり、相手の目の前で怒り、普段口にしないようなことを言うということがありました。

つまり、今は「無視」という例を出しましたが、その他に、侮辱や差別、自分ができなかったことを責められたりしたら、同じようになんらかの行動にの変化があったのではないかと思います。

つまり、人として認められなかったようなことをされた時、感情や行動に影響を与えます。

これは認知症の人でも同じです。

認知症のない人であれば、相手に対して改善を求めたり、その不当性を誰かに訴え救済を求めたりすることができるでしょう。

しかし、認知症の人は、脳の障害により記憶障害や見当識障害(人・場所・物が分からなくなる障害)、判断力の低下などにより、自分自身で改善のための行動をすることが難しくなっています。

認知症の人はこのような状態にあることを理解した上で、適切な認知症ケアとな何か考え続けていくことが重要だと思います。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。