最近、介護職員による高齢者虐待が報道されることが多くなりました。

特に、職員が逮捕されるような身体的虐待は、老人ホームで起きることが多いという調査結果があります。

本来、安心して生活を送るべき老人ホームで、なぜ虐待が起きてしまうのでしょうか。

ここでは、老人ホームにおける高齢者虐待防止について書いていきます。

この記事が、高齢者施設で働く人のお役に立てたら幸いです。

 

高齢者虐待の類型

まず、高齢者虐待とはどのような行為をいうのか。

高齢者虐待の行為類型を見てみましょう。

高齢者虐待防止法では、養介護施設従事者等(以下:職員)が次の行為を行った時を虐待と定義しています。

有料老人ホームやグループホームの職員が最低限知っておくべき高齢者虐待防止法はこちら

身体的虐待 高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
介護・世話の放棄・放任 高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置その他の高齢者を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること。
心理的虐待 高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
性的虐待  高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること。
経済的虐待 高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること。

 

高齢者虐待の件数

下の表は、平成 29 年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果です。

平成28年度と比較して、虐待判断件数、相談・通報件数共に増加しています。

 

高齢者虐待のとらえ方

老人ホームでの高齢者虐待は突然起こるのでしょうか。

老人ホームにおける高齢者虐待は、突発的に起こる場合よりも、日々行われているケアの質と関連している場合が多いと思います。

下の図のように、虐待にあたる行為とそうでない行為が線引きされていて、虐待にあたらなければ許される、といったことでなく、虐待行為までいかないにしても、ケアの質という点で見ると、その間には不適切なケア(グレーゾーン)があるということを認識する必要があります。

そして、この不適切なケアが放置されることによって虐待につながる危険性があります。

 

不適切なケアとは

先ほども書いたように不適切なケアは虐待につながる危険性を内包しています。

不適切なケアが行われていても、行っている職員は自覚していない場合も多いと思います。

そこで、分かりやすく不適切なケアと考えられるものを挙げてみます。

大声での声かけ 「ダメって言ったでしょ!」・「何度言えばわかるの!」 など
物扱い ご利用者が乗っている車いすを無言で動かす・洋服が汚れていても着替えない など
指示的な声掛け 「トイレ行くよ。」・「こっち来て。」 など
子ども扱い・からかう 「あ~んして。」・「○○ちゃん」・「かわいい~」 など

老人ホーム内でこのような行為が見られた場合、最初は職員同士で指摘し合ったり、会議で検討されたりと改善に向けて取り組むと思います。

しかし、徐々に職員の感覚も麻痺し、このような不適切なケアが常態化することが考えられます。

介護の現場では「信頼関係ができるから」「認知症の人に伝わりやすいから」「家庭的な雰囲気のためには必要だから」などといった理由で、ご利用者に対して友達口調で話をしている人がいます。

私は、絶対に友達口調が悪いとは考えません。

しかし、職員が「信頼関係」や「相手が認知症だから」、「家庭的な雰囲気」のためには友達口調が必要だ、と考えることには疑問があります。

通常私たちは、職場の同僚や上司、友人や家族など、コミュニケーションを取る相手との関係において話し方や使う言葉を変えています。

これは、ご利用者に対してでも同じだと思います。

つまり、相手のご利用者がどのように感じるか、どのような言葉使いを望んでいるかなど、個別性をもって判断しなければなりません。

それを十把一絡げにご利用者に対して友達言葉を使うことには反対です。

言葉使い一つでもご利用者一人ひとりの人格を尊重する、ということは虐待防止という観点からも大切なことだと思います。

 

改善のための取り組み

では、虐待防止のためにどのような取り組みが必要でしょうか。

介護職員による高齢者虐待の発生要因は次のようになっています。

「平成 29年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」

内容 件数 割合(%)
教育・知識・介護技術等に関する問題 303 60.1
職員のストレスや感情コントロールの問題 133 26.4
倫理感や理念の欠如 58 11.5
人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ 38 7.5
虐待を助長する組織風土や職員間の関係性の悪さ 37 7.3
虐待を行った職員の性格や資質の問題 28 5.6
その他 21  4.2

 

職員教育

上記の結果からもわかるように、まずは職員の研修をすることが必要です。

虐待を受けた人の中で「認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱ以上」の人は75.8%という数字が出ています。

この結果から見ると、虐待を防止するためには、認知症介護の教育が必要だと考えられます。

特に、BPSD(行動・心理症状)の出現する原因を職員間で検討することが必要だと思います。

また、介護の現場は日常的に忙しい現場です。

利用者一人ひとりの人格を尊重する、という感覚が麻痺してしまうといったことも考えられますので、倫理教育や人権研修といったものも必要になると思います。

 

チームケアとは

介護現場は「チームケアが大切」と言われます。

これを否定する人はいないでしょう。

しかし、ここでいう「チーム」とはご利用者の尊厳の保持と自立支援(介護保険法1条)を目的としたチームであるべきです。

決して仲良しクラブのようなチームではありません。

ご利用者に質の高いケアを提供するためのチームであることを、改めて認識する必要があると思います。

 

会議で議論する

ご利用者のサービス担当者会議や職員会議などで、不適切なケアに対して議論することも必要です。

不適切なケアは職員が良かれと思っているケアにも起こりえます。

例えば、食事量が減ってきているご利用者の口を無理に開けて食事を食べてもらう、といった場合が挙げられます。

その職員は、ご利用者に何とか栄養を摂ってほしいと考えている場合もあります。

職員は良いケアだと思っている、又は不適切だと気付いていないという「善意の虐待」ということもあるかもしれません。

不適切な対応をしている職員を皆で否定するということではなく、不適切なケアをしてしまった背景を職員間で共有し、今後もケアに生かしてことが必要です。

そのためには、日々の業務の中で、他の職員だけではなく、自分自身のケアの仕方が本当に適切だったのか、振り返ることが必要になってきます。

介護現場は忙しい現場だからこそ、一度立ち止まって自分自身のケアを振り返る時間を持つことが大事だと思います。

 

施設運営のシステム

前述したように、高齢者の虐待を防止するためには、職員教育は欠かせません。

事業所として、職員が学べる環境を整備する、ということは必要になってきます。

また定期的に委員会などを開催して、日常的に高齢者虐待や不適切なケアについて話合う機会を作るということも大切です。

介護業界では慢性的な人手不足になっています。

その結果、そこで働く職員に長時間労働や業務の詰め込み過ぎなどが原因で過度のストレスがかかっている事業所も少なくありません。

運営側が労働法規を遵守することは虐待を防止するだけではなく、職員の定着にもつながります。

業務が終わらず、職員の残業が当たり前になっている、といった場合は、業務改善をする必要があるでしょう。

私の経験上、介護の現場は、業務量が増えてくることはあってもなかなか減らすことはありません。

これでは、必ず職員の業務に負担がかかります。

一度、実際の現場で働いている職員が自らの業務を見直し、必要がないと思われるものは思い切って「やらない」、という選択も必要だと思います。

 

まとめ

職員による高齢者虐待があった場合、ご利用者やそのご家族だけでなく、虐待をした本人や事業所にとっても大変重大です。

そして、職員による高齢者虐待が報道されれば、一般の人も高齢者福祉に対する信頼が揺らぎ、安心して老後を迎えることができなくなると思います。

介護の仕事は、とても魅力のある仕事だと思います。

ご利用者も職員も笑顔で過ごすことができる魅力のある事業所になるように応援しています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。