プロフィール

行政書士としての出発点は介護職員

私が特別養護老人ホームの介護職員として仕事を始めたのは、1999年のことです。

主に入居している人たちの、食事や入浴、排泄など日々の生活の支援を行っていました。

介護の仕事は、色々と大変なこともありましたが、とても楽しく充実していました。

特別養護老人ホームで約5年介護職員として働いた後、2004年認知症高齢者グループホームに転職をしました。

転職の理由は、その当時特別養護老人ホームで行われていた一斉一律の介護ではなく、もっとゆっくりとしたペースで、個々のご利用者と向き合って仕事がしたいと考えたからです。

グループホームでは、私の思っていたようにゆっくりと時間が過ぎ、一人ひとりのご利用者の生活のリズムに合わせたケアをすることができました。

そして、2006年にグループホームの管理者兼計画作成担当者(ケアマネージャー)となりました。

その頃、認知症高齢者の虐待防止や身体拘束についての研修を受けたり、働いていた社会福祉法人の理念が「人権の尊重」だったこともあり、高齢者や認知症の人の人権問題について関心を持つようになりました。

そして、高齢者の人権というものを勉強しているうちに、日本国憲法に触れるようになり、その中でも「個人を尊重する」という考え方が高齢者福祉にとって最も大切だと考えるようになりました。

それまでの私の経験上、高齢者福祉の分野では「集団ケア」という考え方が根強く、「個人を尊重する」という観点が足りませんでした。

「ご利用者一人ひとりが尊重されるような仕事に取り組みたい。」

そんな思いが強くなってきました。

そのためには今の自分の知識や資格では限界があります。

もっと法律を学び、法律関係の資格を取りたいと考えるようになりました。

私の働いていた社会福祉法人は、高齢者福祉だけではなく、保育園、母子生活支援施設、救護施設など幅広く社会福祉事業を運営していたので、その法人の中に社会福祉に精通した法律の有資格者がいるということは、施設を利用している人だけではなく、法人で何かトラブルが起こった時には法人の役にも立つのではないかを考えました。

そして、弱者の人権を擁護したり、トラブルが起こった時に解決したりできる弁護士になりたい、という想いが強くなりました。

妻にその想いを伝え、司法試験に挑戦することを決めました。

司法試験は、法科大学院(ロースクール)を修了するか、予備試験に合格した人が受験できます。

私は、年に1度の行われる予備試験ルートで司法試験を目指そうと考えました。

司法試験への挑戦が始まる

2010年、グループホームからユニット型特別養護老人ホームに異動になり、生活相談員兼ケアマネージャーとして仕事をしていました。

その年、司法試験専門学校の通信教育を申し込み、本格的に司法試験の勉強を開始しました。

以前、法律の勉強をしたことがありましたが、司法試験の勉強となると質も量も異なります。送られてきたテキストの量は、想像を超えるものでした。

それから、仕事が早めに終わった時は、帰りに図書館に寄って20時まで勉強し帰宅。食事や入浴の後、子供たちと遊んで子供たちが寝る頃に勉強を開始、休日は家族との時間を過ごしながら勉強するという日々でした。

しかし、司法試験予備試験は、毎年合格率が2~3%の日本最難関ともいわれるような試験です。

仕事をし家族と遊ぶ時間を取りながら、中途半端に勉強をしていても合格できるはずがありません。

結局、3年間受験をしましたが、箸にも棒にもかかりませんでした。

さすがに3回不合格となると「このままいつまでも合格することはできないのではないか。」と危機感が出てきます。

勉強は続けていましたが、取り組む姿勢が中途半端で、いつも自分自身に負けているような毎日を過ごしていました。

そんな日々が続いている時に、ある金融機関から郵便物が届きました。

それは、私が独身時代に積み立てていた定期貯金が満期を迎えたという知らせでした。私は、定期貯金をしていたこと自体忘れていたため、とても驚きました。

突然湧いて出たようなお金をどうするか。自分の答えは一つ。

それは「ロースクールに行きたい!」ということでした。

ロースクールのことを調べると、以前通っていた日本大学で夜間のロースクールを開校していることが分かりました。

合格すれば仕事を続けながら通うことができます。

家族も賛成してくれ、ロースクールを受験することにしました。

それからロースクールに行くための勉強をし、2015年度の試験に既修者コース(2年)で合格することができました。

通学するにあたり上司に相談をすると「できることは協力するので、頑張ってください。」と言葉をいただき、勤務時間を30分前にずらし、8:00~17:00に変更してもらうことにしました。

ロースクールで新たな一歩を踏み出す

2016年4月から、ロースクールでの勉強がスタートしました。

ロースクールへの一歩を踏み出すことで、今までの中途半端な自分と決別し、覚悟をもって勉強をしようという気持ちになっていました。

授業のある日は、18:30~21:40まで授業を受け、22:45まで自習室で勉強。0:30頃帰宅し、食事・入浴の後、1:30まで勉強し就寝。授業のない日は、ロースクールの自習室か近所の図書館で、10時間以上勉強するという生活でした。

ロースクールに通っていた時は、周囲の人たちからは「大変だね。」などと声をかけていただくこともありましたが、自分では全くそのような気持ちはなく、授業についていくために一生懸命勉強するだけでした。

家族や職場の理解・協力、そして感謝

私の家庭は共働きです。私がロースクールに通っている時、妻は仕事をしながら、家事や子育てなどすべてやってくれていました。そして、子供とは朝10分、週末に3~4時間しか会えないという生活でしたので、寂しい思いをさせてしまったと思います。

また、特別養護老人ホームの生活相談員という仕事は、とても忙しく、定時で仕事が終わることなどまずありません。そんな忙しい職場だったにも関わらず、一緒に働いていた職場の同僚や上司は「もう17時だよ。こっちは大丈夫だから行ってきな。」と声をかけてくれました。同じ部署の人たちが忙しく働いているのに、自分だけ17時に退勤することはいつも心苦しい気持ちでした。

今思い返しても、家族や職場の理解や協力がなければ、とても通うことはできませんでした。

本当に感謝しています。

ロースクールでの挫折

私は、ロースクールに入学した時に決めていたことがあります。

それは「このままダラダラと勉強を続けても家族や職場に迷惑をかけてしまう。1年間悔いの残らないように勉強して、それで結果がついてこなければ、司法試験の受験は諦めよう。」ということでした。

1年間を通し、週末以外家族と一緒に食事をすることができず、もちろん、子供と遊ぶ時間もない。大好きなお酒も我慢して、1年間本気で勉強をしました。

しかし、定期テストは散々たる結果で、順位は下から数えたほうが早いという結果でした。

自分の中では惨敗です。

その結果を受けて、1年で退学することを決めました。

退学することを決めた時、これで勉強をしなくてもいいんだというホッとした思い、今まで協力してくれた家族や職場の人たちに申し訳ないという思い、逃げるように学校を去っていくようで情けないなど色々な感情がありました。

そのときは、もう法律の勉強は終わりにして、特別養護老人ホームでの仕事に専念しようと気持ちを切り替えていました。

行政書士試験に挑戦する

2017年3月ロースクールを退学し、4月からは通常の日々に戻りました。

その頃、社会福祉法人を取り巻く環境に変化がありました。それは、社会福祉法人法が改正され、社会福祉法人は、地域における公益的な取組を実施するよう求められました。

私は、その当時事業所が地域住民向けに行っていた認知症カフェの担当をしていたことから、地域に向けた取組というものに興味があり、なんとなくネットや本で調べていました。

その中でたまたま手にした本の中に、ソーシャルビジネスに関するものがありました。

ソーシャルビジネスとは、子育て・高齢者・障がい者の支援や、地方活性、環境保護、貧困、差別問題など地域課題の解決を目的として、収益を上げつつ、継続的に取り組む事業体のことです。

ソーシャルビジネスに関連した本を読んだり、関連するイベントに参加したりする中で、社会的な課題を解決するために、高い志をもって挑戦する人たちがいることを知り、とても刺激を受けました。

私は、徐々にこれまで高齢者福祉に携わってきた経験と学んできた法律の知識を使って、このような人たちを支援できないか、と考えるようになりました。

そして、色々と調べる中で、行政書士の資格を取得すれば、起業するための第一歩である法人設立のサポートができること、また、行政法規の専門家であるため、設立後に色々な支援ができるということが分かりました。

それともう一つ考えたこと。

それは、私自身が地域課題の解決のために役に立つことができないか、ということです。

私が働いていた特別養護老人ホームは、ユニットリーダー研修実地研修施設になっており、主に関東・甲信越地方から研修生が学びに来ていました。私は、研修生の受け入れ担当をしていたことから、多くの研修生から介護現場の生の声を聞きくことができました。

また、私は認知症介護実践研修の講師やファシリテーターとして活動をしていましたので、そこでも、色々な事業所の方から事業所内で行われている認知症ケアの現状を聞くことができました。

その中で多く聞かれたのは

「職員の数が足りなくて、外部の研修に職員を参加させることができない。」

「職員が外部研修を受けても、事業所に戻ってからその知識を生かすことができない。」

といった内容のものでした。

介護は、人が人を支援する仕事です。

ご利用者へ質の高い介護サービスを提供するためには、個々の職員が専門職としての知識や技術を修得する必要があります。

また、知識や技術を得ることで、職員が感じていた負担が、軽減することもあります。

これまで自分が培ってきた高齢者の権利擁護や認知症ケアの知識を使って、介護事業所や事業所を利用している人たちのために役に立ちたいと思うようになりました。

行政書士として、起業家の法人設立のサポートがしたい、ご利用者や人材不足で困っている介護事業所のために、権利擁護や認知症ケアの知識・技術向上のための取り組みがしたい、と思っても組織に属していたのではできません。

経済的に安定している今の仕事を辞めて、行政書士として開業するか。

それとも、これまでお世話になってきた法人でこのまま仕事を続けるか。

簡単には決められません。

すでに行政書士として開業している人の話を聞いたり、行政書士の仕事や起業について調べたりする日が続きました。

ちょうどその頃、行政書士試験の願書受付をしていました。

開業するか、仕事を続けるか決断できないまま試験だけは受けようと思い、急いで願書を提出し、再び法律の勉強を始めました。

そして、2017年11月に行われた行政書士試験を受け、幸い合格することができました。

退職し開業することを決断する

私は、これまで高齢者施設で仕事をしてきて、たくさんの人達から色々なことを教わってきました。

その中で、最も大切なことを教えてくれたのは、施設のご利用者たちでした。

特に私に大きな影響を与えたもの、それは「人は例外なく最期を迎える。」ということでした。

それは多くのご利用者が自らの体を使って教えてくれたことでした。

どれだけ元気な人でも、必ず最期を迎える。

当然のことと言えばその通りですが、これまで300人を超えるご利用者と関わる中で、身をもって体験できたということは自分の何よりの財産になっています。

「人は必ず最期を迎える。だから生きている間に後悔のないように自分のやりたいことをやろう!」

何か今まで関わってきたご利用者たちに背中を押されているような感覚でした。

妻に、今の仕事を辞めて自分で行政書士事業所をやりたいと相談すると、妻は、安定した収入がなくなることへの不安はありましたが、納得してくれたようでした。

やっと、これまで13年働いてきた法人を退職して行政書士として開業しよう、と決断することができました。

長い間お世話になった職場に退職の意向を伝えるのは、とても気が重く言い出しづからかったのですが、最後に管理者から「残念だけどしょうがない。決めたなら後ろは振り向かずに前を向いて頑張ってください。」という言葉をいただくことができました。

行政書士として開業する

そして、平成31年1月、高齢者福祉を専門にした行政書士事務所を開業することになりました。

 

氏名 山田拓郎
生年月日 1973年7月13日
出身地 神奈川県相模原市
学歴 神奈川県立橋本高等学校・町田福祉専門学校・日本大学法学部・日本大学大学院法務研修科(既修)中退
保有資格 行政書士(第18092303)・介護福祉士(第A-66533)・介護支援専門員(第14051501)
修了研修 認知症介護指導者養成研修(認知症介護研究・研修東京センター)

上級リスクマネージャー・ユニットリーダー研修・実務者研修教員講習会修了

職歴 特別養護老人ホーム(ケアワーカー、生活相談員、介護支援専門員)

認知症対応型共同生活介護(管理者兼計画作成担当者)

講師歴等 認知症介護実践者研修(認知症の人への非薬物的介入・アセスメントとケアの実際の基本ⅠⅡなど)

認知症介護実践リーダー研修(チームのためのケースカンファレンスの技法と実践など)

実務者研修

認知症介護基礎研修(ファシリテーター)・介護支援専門員更新研修(ファシリテーター)

介護職員処遇改善加算研修

 

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