介護事業所で働いている職員にとって、ご利用者の介護事故(転倒や転落、誤嚥など)を未然に防止し、安全に日々の生活を送っていただくことは、大切な業務の一つです。

しかし、介護事業所は身体機能の低下や認知症などで介護が必要な方が利用する施設であり、そこで働く職員の数にも限りがあるため、事故をゼロにすることはできないと考えます。

では、介護職員が事業所内で起こった事故に遭遇した場合、その介護職員は、見守りができていなかったことを理由として何らかの責任を負うことになるのでしょうか。

ここでは、責任を「法的責任」と「道義的責任」に分けて、介護職員の責任について書いていきます。

介護事業所の中で最もご利用者の近くで働く介護職員が、少しでも安心して仕事ができるお手伝いができれば幸いです。

 

民事責任

まず、法的責任として一番最初に頭に浮かぶのは民事上の責任ではないでしょうか。

民事上の責任とは、被害者に与えた損害を賠償する責任。

つまり、相手に対して、お金を支払わなければならない責任です。

介護保険制度の介護サービスは、ご利用者と介護サービスを提供している法人との契約によって提供されます。

個々の介護職員は、ご利用者との契約関係にありませんので、契約上の責任は負わず、故意又は過失があれば、不法行為責任を負う可能性があります。

民法

不法行為(709条)

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

では、介護職員に不法行為責任が生じ、損害賠償請求されるのでしょうか。

実際、ご利用者やその家族が介護職員に対して裁判を起こすかというと、介護職員の対応がよほど悪質(虐待など)でない限り、資力の乏しい介護職員個人に対して裁判を起こすことはほとんどないと思います。

したがって、通常の業務の範囲内であれば見守りができていなったことを理由として、介護職員が民事上の責任を負うことはほとんどないと考えます。

行政責任

次に行政上の責任を見てみましょう。

介護職員個人と行政上の責任の関係では、介護福祉士資格に関するものがあります。

ご利用者が転倒したり誤嚥をしてしまったときに、介護福祉士は、見守りができていなかったことを理由として、介護福祉士の資格を失うことになるのでしょうか?

介護福祉士資格は、社会福祉士及び介護福祉士法という法律で定められています。

この法律の第3条には介護福祉士の欠格事由が明記されています。

社会福祉士及び介護福祉士法

第3条(欠格事由)

次の各号のいずれかに該当する者は、社会福祉士又は介護福祉士となることができない。

一 成年被後見人又は被保佐人

二 禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつた日から起算して二年を経過しない者

三 この法律の規定その他社会福祉又は保健医療に関する法律の規定であつて政令で定めるものにより、罰金の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつた日から起算して二年を経過しない者

四 第三十二条第一項第二号又は第二項(これらの規定を第四十二条第二項において準用する場合を含む。)の規定により登録を取り消され、その取消しの日から起算して二年を経過しない者

1号、2号は条文の通りです。

3号は、例えば秘密保持義務に違反した場合が挙げられます。

4号は、虚偽又は不正の事実に基づいて介護福祉士の登録した場合などです。

法律上、このような欠落事由がない限り、介護福祉士の資格がなくなることはありません。

ですので、見守りが不十分だったいう理由で、行政上の責任を負うことはありません。

刑事責任

介護事故に関連して、介護職員が刑事責任を負う可能性があるものとして「業務上過失致死傷」が挙げられます。

刑法

第211条 (業務上過失致死傷等)

業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。

長野県安曇野市の特別養護老人ホームで、2013年12月に入居者のAさん(女性85歳)が、おやつのドーナツを食べた後に意識を失い、約1か月後に死亡した事故で、2019年3月、長野地裁松本支部は、注意義務を怠ったとして業務上過失致死罪に問われた松本市の准看護師に対して、求刑通り罰金20万円の有罪判決を言い渡しました。

この裁判は、介護施設での事故で職員の刑事責任が問われた異例の裁判です。

悪質な虐待以外での刑事裁判は、珍しいことだと思います。

なお、弁護側は、判決を不服として即日控訴しており、この記事を書いている時点で判決は確定していません。

道義的責任

道義的責任とは、人としての正しい道を守るべき責任のことです。

この道義的責任は、前の3つの責任と異なり法的な責任ではありません。

これまで見てきたように、介護事故によって介護職員が法的責任を取ることは、よほど悪質でない限り、可能性はかなり低いと思います。

しかし、介護事故が起こった場合、期待された役割を果たせず不幸な結果を招いてしまったことに対し、職業上の責任を感じることはあると思います。

むしろ、このような責任を感じないという人は介護職員に向いていないのではないでしょうか。

介護事故が起こってしまった場合、法的責任とは異なる道義的な責任を真摯に認めた上で、ご利用者やご家族に対して謝罪をしなければなりません。

そして、再発防止のためにしっかりと対策を考える責任は、介護の仕事に携わる者としてなくてはならないことだと思います。

まとめ

以上、介護職員の責任についてみていきました。

介護の現場では、介護職員はご利用者の事故を防止するように努めなければなりません。

しかし、行き過ぎた安全管理により、ご利用者の自由や尊厳を奪ってしまっては、本来の福祉サービスのありかたとして正しいとは言えないのではないでしょうか。

また、介護職員が常に緊張状態を維持しながら働くという状況も、健全な働き方とは思えません。

「何かあったら責任を取らなければならない」といった漠然とした不安が少しでも解消し、ご利用者の自由や尊厳に目を向けたケアができればご利用者も働いている職員にとっても魅力的な事業所になるのではないでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。